のり弁ヒストリー

のり弁ヒストリー

2022年3月9日更新

お弁当といえば、やっぱりのり弁!!

ミックスフライ弁当やハンバーグ弁当…いろんな種類のお弁当がありますが、やっぱり定番のお弁当といえばのり弁ですよね。ご飯と海苔の組み合わせは、冷たいご飯を美味しく食べられる一番の食べ方じゃないかと思います。

とっても美味しいのり弁ですが、いまの形になるまでには奥深い歴史があるんです…。のり弁の知られざる歴史をご紹介致します!

  

のり弁に隠された愛情

 

のり好きだった徳川家康

のり弁の歴史は古く江戸時代にさかのぼります。海苔好きとして知られた徳川家康に献上するため、東京湾で海苔の養殖が始まったのをきっかけに、板のりが江戸の特産品となったと言われています。その後、安くて栄養たっぷりの板のりは庶民にも広く愛されるようになり、江戸中期には一般的な食材となりました。おにぎりに海苔を巻くスタイルが登場したのも、この頃といわれています。

戦後の母の愛

まだまだ日本が貧しかった昭和30年代、手に入る食材も限られた中でお母さんたちが考え出したお弁当が「海苔おかか弁当」でした。ご飯の上に醤油とかつおぶしをまぶし、海苔を乗っけるシンプルなお弁当でした。これが今ののり弁の原型と言われています。

家計に優しく栄養も取れるのり弁は、全国各地で作られ、母の味として定着しました。

モーレツ社員の腹ごしらえ

高度成長期の昭和50年代、早朝から深夜まで過酷な環境下でバリバリ働くサラリーマンをさした「企業戦士」や「モーレツ社員」なんて言葉が流行語になりました。そんなサラリーマンの強い味方として各地で繁盛したのが、持ち帰り弁当屋。弁当を店で買い、家や会社に持ち帰り食べる「持ち帰り弁当」というのが当時は斬新でした。

そのお弁当屋さんが、従来から親しまれていた「海苔おかか弁当」の上にフライや漬物などの付け合わせを乗っけたのり弁を編み出し、現在ののり弁スタイルが確立されたと言われています。
家に帰る暇なく働き続けるサラリーマンの腹ごしらえに、進化したのり弁はぴったりだったんですね。

 

引き継がれる愛情とのり弁

現在では、ボリュームタップリののり弁から行列必至の高級のり弁まで、様々なのり弁が愛されています。技術の進化により、温めても風味を損なわないのり弁や急速冷凍された冷凍のり弁なども登場しました。

 

愛され続けるのり弁

白米との相性ぴったりな海苔は、こんなに古くから人々に愛されていたのですね。食べる人の気持ちを考えて、愛情をたっぷり詰め込んだのり弁は今も変わらず私たちの心と身体を満たしてくれます。今日の晩御飯は、より美味しく進化したのり弁を頂きませんか?