田植えシーズン到来

田植えシーズン到来

2024年5月17日更新

寒い冬が終わり、桜も見頃を終えて、新緑が美しいこの季節、日本の大切な農業行事のひとつである田植えが本格的に始まります。

水を張ってキラキラ光る水田を見ると、これが日本の風景だよなぁ~と心が洗われるものです。

今回のコラムはそんな日本人と切っても切れない“田植え”について深掘りしていきたいと思います!

 

田植えの歴史

約1万前に中国の長江流域で始まったとされる稲作は、中国大陸朝から約3,000年前(紀元前10世紀)に九州北部に最初に伝わったと考えられています。

4世紀から6世紀の日本では古墳造営が盛んに行われていき、膨大な労働力と食料が必要となるため、土地を開墾して水田を広げていきました。

戦国時代には、米は戦を支える軍事物資となり、さらに重要な食料となっていきます。江戸時代では米を経済の中心とする体制にし、各地を治める藩を米の収穫量によって格付けしました。

米を十分に食べれるのは上部の人たちのみで、お腹いっぱい白い米を食べることへの憧れは、第二次世界大戦後、経済成長を遂げるまであったそうです。

 

豊作を祈願する「御田植祭

 

 

『御田植祭』とは、4月~6月の田植えの時期に全国各地の神社やお寺で、田植えの前に豊作を祈願する伝統的な田植えの儀式です。

『御田植祭』ではどんなことをするかと言うと、参拝をしたり、参加者が実際に稲を植える体験をすることができます。“田んぼを耕しす”、“田植えをする”といった作業を、笛や太鼓の演奏のなか、本物に似せて行うような催し物もあります。

『御田植祭』のなかでも、千葉県・香取神宮の『御田植祭(おたうえさい)』、三重県・伊雑宮の『磯部の御神田(いそべのおみた)』、大阪府・住吉大社の『御田植神事(おたうえしんじ)』の3つは、『日本三大御田植祭』と呼ばれています。どの神社も境内での儀式が終わった後、田んぼに移動して田植えの儀式を行うそうです。

 

レッツ田植え!

昔は機械が無かったので、牛・馬の力で田を耕し、人が苗をひとつひとつ田んぼに植えていました。

現在は、進化した農業機械により、効率的に田植えを行うことができるようになりました。

ここからは田んぼの準備から田植えまでの手順を紹介します。

 

 

 

【田植えまでの手順

・田起こし→・畦塗り・基肥・入水・代掻き・田植え・田起こし

 

【田起こし

田起こしは、水を抜いて乾燥した状態の田んぼを深く掘り起こす作業ですわらや雑草を巻き込んで耕すことによって、土の栄養分の循環を促し土壌を整え、水や栄養が吸収しやすい田んぼになります。

 

畦塗り (あぜぬり)

畦塗り(あぜぬり)は、田んぼの畦(あぜ)と呼ばれる土手部分に泥を塗る作業です。畦は水田を区切るための土手のことで、畦塗りはこの土手を補強し、水漏れを防ぐために行われます。

 

基肥

基肥は肥料をまき、耕運機などで混ぜ合わす作業のことです。

稲わら、生ごみなどの有機物を堆積し、微生物の働きで分解させた堆肥や化学肥料などが使われます。

 

入水(いりみず)

稲は水を好む植物です。代掻きの数日前に、農業用水路から水を引いて、田んぼに水をはります。

 

 

代掻き(だいがき)

代掻きは、水を入れたあと土を深く掘り起こす作業のことです。土を砕き柔らかくして、田植えをしやすくする狙いがあります。

 

【田植え】

田んぼの準備が整ったら、いよいよ田んぼへの植え付けです。大きく育った稲の苗を田植え機を使って、田んぼに植え付けます。

植えは収量や品質に大きく影響するので、数メートル試し植えをしてから、苗の姿勢や本数、密度の状態を確認し、田植機を調整する必要があります。

また、苗を植える深さも重要です。植付の深さは浅植えにします。

 

 

【まとめ】

私達の主食として重要なお米には長い歴史があって、

今でも農家さんが手間ひまかけて育ててくれてるんだと思うと感慨深いものがありますね。

美しい水田の景色を見ると感動するのは、もしかしたら日本人のDNAに刷り込まれてるのかもしれませんね。

もうすぐ田植えの景色が見れるのが楽しみです。